2018.11.22
●平成30年11月17日(土曜日)
●いわきワシントンホテル椿山荘
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弊社は昭和43年5月、個人創業から平成30年(2018年)5月をもちまして創業50周年を迎えることが出来ました。 個人創業に至るまでの歴史を振り返りまして、過去の記憶として思い起こせる範囲で述べさせていただきます。 まず、秋田県大曲市の雄物川橋梁工事にて保育園の数か月を過ごし、山形県のダム現場、青森県のダム改良工事(熊谷組)現場近くの沖浦小学校に入学。 この沖浦ダム改良工事完成後に山形県の清川小学校に転校、最上川右岸堰工事で草薙の地に移りました。 この工事の完成後に父は、仙台の住宅団地工事か福島県双葉郡双葉地方の福島第一原子力発電所工事のどちらかを選択しなければいけませんでした。 父は福島の地を選択し、私は宮城県登米市の米川小学校に転校する事になりました。小学校3年生から6年生まで母親の実家の近くにお世話になりながら小学校時代を過ごしました。
初代は昭和43年5月から双葉郡大熊町夫沢地区に当時「熊谷組伊藤班」として事務所及び宿舎を構え、個人で会社を創業しました。 創業から3年後の年には弟は双葉南小学校に転校、そして私は双葉中学校に転校しました。 この日から、双葉町の地でお世話になる事になりました。 思い起こせば、工事現場の移動ごとの引っ越しが記憶として残っております。 山形県・秋田県時代においては、蒸気機関車に乗って移動した記憶が懐かしいです。 やっと落ち着いた福島県の双葉町で自宅を構え、高校に入学の頃には、福島第二原子力発電所工事の為に事務所及び宿舎を大熊町から楢葉町大字波倉に移転しました。
高校・大学卒業後は東京の設計事務所に就職し、27歳(昭和60年)4月に、株式会社伊藤工務店に入社し常務取締役に就任し同年10月に結婚しました。 平成元年4月に双葉町大字細谷字陳場沢に本社機能を移転し、30歳の時に専務取締役に就任しました。 楢葉事務所はそのまま存続し、双葉町・東京電力・双葉町地方水道企業団など、このころから地元企業として地域密着で営業、事業展開をしていきました。 平成5年、35歳の時に代表取締役社長に就任。株式会社熊谷組さんより、いわき市郷ケ丘平南台の住宅団地工事を受注し、平成10年まで工事を遂行しました。 この際に平南台開発の郷より一区画の土地を購入し、震災・原発事故後に平成12年12月25日から、いわき市郷ケ丘4丁目に定住しまして、現在の自宅となっております。 まさか、ここに住むことになるとは思いもよりませんでした。
平成元年10月に双葉町より災害復旧工事を初めて受注しました。平成4年11月には、東京電力㈱福島第二原子力発電所より小口工事を初めて受注、平成9年11月には、東京電力株式会社福島第一原子力発電所より初めて工事を受注しました。 そして、東京電力㈱福島第一原子力発電所正門前整備工事を受注し工事完了間近の時でした。 震災・原発事故が発生してしまったのです。 受注していた、正門前に1号機運開40周年のモニュメント設置工事でしたが設置できずに工事完了。 双葉町からも受注していた中野地区の道路工事も完成予定でしたが津波ですべて流されてしまいました。 株式会社熊谷組福島第一原子力作業所3・4号機に耐震補強深層工事においては、資材ハウス・休憩所が全て津波で流されてしまい、当時深層工事内に5人が地下で作業しておりましたが緊急脱出の対応が良かったため生き埋めにならずに済みました。 前田建設工業株式会社さんからの工事は、1F発電所南側重要設備周辺斜面安定対策工事の作業中でした。仮設材が散乱して手が付けられない状況下で逃げることが精いっぱいでした。 本当にあり得ないことが起きてしまったと驚きでいっぱいでした。
平成23年3月11日のその夜、事務所から犬を救助して自宅に戻り大きな余震が断続的に続いていました。 3月12日AM6:00に双葉町の防災無線で「川俣町に避難してください」とアナウンスがありました。 急いで手荷物を持って川俣町に避難したことが思い出されます。そして、弊社の社員は朝まで復旧作業に従事して、バラバラになってしまいました。 そののち、社員は自衛隊に救助されたそうです。ホットしました。 それから、埼玉県新座市の家内の実家にお世話になりまして、3月31日いわき市に移動しました。 震災・原発事故後、第一原子力発電所復旧工事の為に平成23年3月31日に四倉町神谷にアパートを2棟借り、社員宿舎として4月2日から事業を再開しました。 株式会社熊谷組さんからの要請で4月~6月末日まで稼働しました。 平成23年4月2日から1F東北地方太平洋沖地震災害復旧・1F緊急対策工事、平成23年5月7日から2F震災復旧書道対応工事、仮説防潮堤設置工事・周辺防護柵補修工事。 しかし、このまま継続しても放射線の線量オーバーで従事できなくなるという判断のもとで、「弊社は、一時休業にします」と全社員に解雇通知を出しました。 その時は、本当に辛かったです。
一時休業しましたが、23年10月より再び事業を再開することになりました。 この時に戻ってきてくれたのは、当時伊藤専務、小坂常務、熊、遠藤の4人です。 途中辞めた社員もおりましたが、この4人は我が社の生き残りです。彼らがいなかったら、今の伊藤工務店は存在できなかったと思います。 大変心の支えになりました。その時に協力してくれた、勝山工業の勝山広幸社長にも大変感謝しております。 その後、杉内社長の紹介で広野町の地に土地を求めることができ、この地の第二の拠点として出発することができました。 杉内社長には、大変お世話になりました。
広野町の地に平成24年11月20日、新社屋・社員寮工事着工。 平成25年2月28日に念願の新社屋・社員寮が完成し、平成25年3月1日から事業開始・社員寮使用開始となりました。
平成25年3月から本格的に事業を再開する運びとなりました。
- 平成25年3月: 広野火力の場内整備工事の応援
- 平成25年4月: 株式会社熊谷組さんの1F工事に本格的に復帰参入(このころから人の増員を徐々に進めてきました)
- 平成25年11月: 双葉町モデル除染に参入
- 平成26年3月: 浪江町の本格除染(平成27年9月終了)
- 平成27年1月: 前田建設業株式会社さんの双葉町中野地区仮置場の工事
- 平成27年4月: 前田建設工業株式会社さんの本格除染と拠点除染に参入
- 平成30年〜:
- 前田建設工業株式会社さんの家屋解体等と中間貯蔵施設造成工事施工中
- 株式会社熊谷組さんの東京電力1F構内整備工事と中間貯蔵施設進入路改良工事施工中
- 双葉町さんの環境整備委託工事、道路災害復旧工事施工中
- 福島県富岡土木事務所の道路維持補修業務、落石防止工事施工中
- 双葉地方水道企業団の水道管布設替工事、町道鴻草・寺松舗装本復旧工事施工中
- アトックスさんのスクリーニング場基礎工事施工中
- TPTさんの木戸川パイプライン工事施工中
環境省福島環境事務所の家屋解体工事を元請で受注しまして、平成30年10月31日に無事に竣工しました。 お蔭様をもちまして、震災・原発事故後、完全に事業再開することが出来ました。 これは、ひとえにこの場にいる皆さま方のおかげと感謝する次第です。
弊社の経営理念「お客様を大切に・目標を大切に・自分を大切に」 経営方針「真面目に、誠実に、ひたむきな仕事で、信用・信頼を築きます」 の理念と方針に、皆様から愛される会社を目指して来ました。 株式会社伊藤工務店50年、これからの経営革新推進を述べさせていただきます。
〈双葉町の復興需要行き先〉 平成31年度末まで 避難指示解除準備区域(中野地区復興産業拠点)、双葉駅周辺の一部区域を立入自由化 平成34年度春まで 特定拠点全域(再生ゾーン)で居住開始 避難指示解除予定(将来は石熊、山田、渋川、松倉、寺松地区の解除予定) 双葉町、浜通り地方への影響を及ぼす環境
〈地域の復興〉 中野産業拠点の企業進出、町内ゾーンの商店街の進出、常磐線JRの全線開通、双葉インターチェンジの開通、環状線の開通、アーカイブ施設、中野産業交流センター、復興祈念公園(平成32年春に開設予定)、第一原子力発電所の廃炉の継続、中間貯蔵施設の減容化の継続、ライフラインの復旧復興、復興住宅の整備 等々 双葉町、浜通り地方への影響を及ぼす環境創りとして、常磐線の全線開通によるミニ新幹線の開通、6号線の完全4車線化、廃炉の研究所、原子力の専門大学、税制優遇、固定資産・電気料の免除、移住者優遇措置、他に類をみない若者たちへの魅力策の元、移民制作に繋がればと思います。
〈将来に渡って維持管理〉 震災・原発事故後の除染・家屋解体・空地の利用方法 田んぼの営農、田んぼ・空地の太陽光発電の利用、バイオ発電所の利用
〈その他〉 維持管理・更新・エネルギー・海外新興国・PPP(管民パートナーシップ) 水道・下水道・電気のライフラインの復旧・メンテナンスフリーの維持管理 等が考えられます。
また、自社の今後の課題として人材の採用・育成があります。 弊社では随時、新入社員の求人を行っております。 育成に関しましても国家試験受講講座講習会に参加してもらい、国家試験取得の為にバックアップしております。 各人のレベル・スキルアップの為に社を上げて実施しており、目標とする人材・資格取得を目的とした新入社員・理科系技術者と有資格者の確保をしたいと考えております。 我が社にあらゆる分野の資格取得者がいて、夢のような双葉町を実現するためにも10年・20年・30年先の株式会社伊藤工務店の姿は、総合建設業(建設業の技術者)と総合コンサル(コンサルティングの技術者)の集団を目標としています。 そのためにまず、国家資格を有した技術者、職業訓練法に基づく技能士の育成が必要です。 例えば、土木・建築・造園・建設機械・舗装施工・管工事・電気施工・解体・給水装置など各1級技能者・放射線監理・衛生管理者等。 あらゆる分野の資格の取得し、技術者・技能士のモノ作りプロ集団で、株式会社伊藤工務店としての生き残りを図ります。 そして、安定した経営基盤が我が社の将来に渡って自らの状業内容、特徴などを発信できる体制を強化し、技術力を向上させ競争力を高め、他者に無い差別化で勝ち抜いていける会社で、次世代へバトンタッチできる環境整備を積極的に行うことでスムーズな三代目への事業継承を実現したいと思っております。 それこそが、若い人が働きたいクリーンな会社・永続的に働きたい環境がこれからの会社を存続へ繋げると思っております。
以上、株式会社伊藤工務店の個人創業前の状況から個人創業、そして、50年間の流れと次世代への継承、これからの50年後の経営の革新推進の在り方を簡単に述べさせていただきました。 双葉町の夢の街づくりをぜひ実現したいです。 創業以来今日に至るまで、この間順調に成長いたしましたのもひとえに皆様方のご支援の賜とここに深く感謝いたします。 これを機に社員一同、心新たにして精進いたす所存でございます。 何とぞ今後ともお引き立てを賜りますよう、お願い申し上げます。 終わりに皆様の益々のご健勝とご多幸を心からお祈り申し上げ、謹んで御礼のご挨拶をさせていただきます。
株式会社伊藤工務店 伊藤哲雄